今月は
2012年 7月は
今月は、梅雨明けで夏となります。
来ました!! 夏はまず楽しいという感覚がありますね。
暑いとかはあるんですが、夏休みがあって、やはり日が高くて世が明るい、
そういうことが楽しいという感覚につながるんでしょうか。
加えて、前に梅雨があって、ぱっと変わって夏になるわけですから、
夏の良さも引き立ってという感じがします。
別に計画がなくても楽しみがいっぱいみたいな、暑いけどそんな気になるのが
夏の気分と思います。
金花糖も今月はいよいよ夏です。
中ごろから、くずきり、氷を始めます。
くずきりは、吉野本葛を使ったほんとに美味しいくずきりです。
本葛のものは時間が経つと固くなってしまいます。ですから、必ずご注文をいただいてから作っています。
少しお時間をいただきますが、くずきり本来の味わいを楽しんでいただければと思います。
蜜は2種類、黒蜜と抹茶蜜をお付けしています。
今月は金花糖で、ぜひくずきりをご賞味くださいね。
では、初夏を詠んだ曾禰好忠の歌です。
なつごろもたつたがはらのやなぎかげすずみにきつつならすころかな
〔夏衣 竜田川原の 柳陰 涼みにきつつ 慣らす頃かな〕
夏になって、服も涼しい一重の夏衣になります。
でも、下ろしたての服は洗い張りをして糊もきいてますから、
着初めは少しごわごわしています。
着ているうちに柔らかくなって体に馴染むようになって、それを衣を慣らすという言い方をしました。
だからこれは、ほんとに夏の初めらしい歌ですね。
「竜田」は川の名前と、衣を「裁った」という意を掛けています。
「きつつ」は「涼みに来つつ」という意に、「着つつ慣らす」の意を掛けています。
夏衣を、竜田川の川原の柳の陰に、涼みにきながら慣らす頃だよ。
歌の意味としては、それだけと言えばそれだけのことなんですが(笑) しかしそこにいろんな思いが浮かぶのは、
寒い冬から春も過ぎそして夏が来たという思いや、
毎年ずっとやってきた、そして今年もその時節になった・・・ 色んなことがあってそして今年も夏が来た、
そんな感じが浮かぶからではないでしょうか。
「竜田川原の 柳陰 涼みにきつつ 慣らす頃かな」、
いろんな思い出を浮かばせながら、初夏を感じさせる歌ですね。
次は、凡河内 躬恒(おおしこうちのみつね)の歌です。
蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ
〔蝉の羽の 一重に薄き 夏衣 慣れば寄りなむ 物にやはあらぬ〕
蝉の羽のように 一重に薄い 夏衣 着慣れるならば、きっとしわも寄るだろう そんな物ではないか。
これは何を言ってるのでしょう。(笑) 実は言いたいのは、
薄情な、まるで蝉の羽のように情の薄いあの人も、夏衣のように、
慣れ親しんでくるならば、きっと寄り添うものだろう
となります。
衣と人は違うだろ!! と言いたくなるのですが(笑) 面白い歌ですね。
我々も、試合に勝つためにとか言ってカツ丼を食べたりするわけですから、
それほど違いはないのかもしれません。
でも昔の人は我々よりもきっと本気でした。
例えば離れて行った恋人を戻すのに、衣などを何度も返すというおまじないをしました。
これは、「返す」が「帰す」に通じるところからきています。
昔は言葉に力があったのです。
言葉の呪力に現実を動かす力がありました。
今は言葉に力が無くなったので、言葉は現実を写すものになっています。
昔は、言葉に現実を動かす力があるという思いから言葉が使われました。
もちろん、それが必ず実現されるものではないこともよく分かっていました。
呪術と呪術がぶつかることもあるし、そして何よりも逆らうことができない運命、
宿世(すくせ)というものがありました。
きっと、躬恒さんは薄情な恋人に力をなくしていたのです。
そこに夏衣は慣れれば寄るという思いが浮かんで、
ならば、夏衣を着て慣らすことが恋人に寄り添うための呪術になるでは、
と思ったのではないでしょうか。
ただ、夏衣を着慣らすなんて誰もが普通にすることなんですが(笑) 恋をすると
そうも思えるんでしょうね。
で、これは上手くいったんでしょうか。それは全く分からないのですが、
ヤマカンでは上手くいかなかったような気がします。(笑)
それはともく、
「蝉の羽の 一重に薄き 夏衣」、
恋の悩みにも季節感が溢れている、面白い歌ですね。
さあ、夏です。恋が実るかどうかは知りませんが(笑) いっぱい楽しみたいですね。