今月は
暖かくなってきて、花が咲いて、暗かった世が桜色になったような気がします。今年の雪は大変でした。 高く積み上がった雪の山。 どうなるんだろうとか思ってましたが、春が来ると共にきれいに無くなりました。 ずっと前ですが春は偉大だと言った人がいて、ちょっと大袈裟なとか思ってましたが、 ほんとに春は偉大です。 俄然なにかやる気もわいてきました(笑) ということでお花見や春の行楽の後は、ぜひ春いっぱいの金花糖にお立ち寄りくださいね。
では、桜を詠んだ凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の歌です。
うつつをばさらにもいはじさくら花ゆめにもちると見ればうからむ
〔現(うつつ)をば さらにも言はじ 桜花 夢にも散ると 見れば憂(う)からん〕
現実に見えるときの事をば 改めて言うまでもないが 桜花 夢にでも、散ると 見えたら辛いだろうなー。
まさに言うまでもなくですが、日本人はみんな桜大好きです。
でも平安の頃の人はもう輪を掛けて大好きでした。
そんな特別な思いをとても良く表していると思う歌をあの紫式部が詠んでいます。
世の中を なに嘆(なげ)かまし 山桜 花見るほどの 心なりせば
《世の中を なんで嘆(なげ)くだろうか 山桜 花を見るような 心であったならば》
桜を見ていると、世の憂いが消えるようでした。
人の思いは様々ですが、平安の人々は多かれ少なかれ桜にこういう思いを抱いていたような気がします。
ですから花が散る、とにかくこれが心配でした。
この心配が苦痛だから桜は嫌いだという人までいました(笑)
そこでなぜ散るのか、散らさないためにはどうすればいいのか、いろいろ考えました。
まず風が吹いて散るのではないか、やはりこれは誰でも考えるところです。
すると桜の木を空からすっぽり覆えないかとか思うわけですが、
今なら大きなビニール袋でもとか考えるのでしょうが、とにかく昔ですからこれはなかなかできません。
じゃあというので花が咲いている枝を折って、部屋の中の瓶に入れて置くのです。
これはいい!と思うのですが、これが案外すぐ散るのです(笑)
ということで、初めの歌を詠んだ躬恒(みつね)さんも、ひたすら散るのを心配しながら桜を見ていたわけですね。
「現(うつつ)をば さらにも言はじ 桜花 夢にも散ると 見れば憂(う)からん」、
散るのは散るで美しいんですが、確かにもう終わりだなーという気持ち、よく分かりますね。
でも・・
花吹雪 散りゆく姿も 桜かな
お粗末 ≦(_ _)≧
さあ、春満開です。もーとにかくいいですね、いいですね(^^)v